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福岡高等裁判所 昭和28年(ネ)503号 判決

控訴人 原告 白水茂兵衛

訴訟代理人 山崎信義

被控訴人 被告 金子伝二

訴訟代理人 今福朝次郎 外一名

主文

原判決を取り消す。

被控訴人は控訴人に対し、福岡市下東町三十番地の一宅地七十三坪九勺(特別都市計画法による区劃整理後の予定地積四十五坪九合九勺)の宅地上所在の別紙目録表示の建物を収去して、右土地を明渡し、且つ、金千七百五十円及び昭和三十年四月一日より前記明渡済に至るまで、一ケ月金三百五十円の割合による金員を支払え。

控訴人その余の請求は、これを棄却する。

訴訟費用は、第一、二審共被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、原判決を取り消す、被控訴人は控訴人に対し、主文第二項掲記の宅地上所在の別紙目録表示の建物を収去して、右土地を明渡し、且つ、昭和二十六年六月以降右明渡済に至るまで、一ケ月金三百五十円の割合による金員を支払え、訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする、との判決を求め、被控訴代理人は、本件控訴を棄却する、控訴費用は控訴人の負担とする、との判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張は、控訴代理人において、控訴人は被控訴人に対し、本件地上に何時でも取毀しができ、材木が濡れない程度のバラツク建工場を建築するという約束で、本件土地を賃貸したものであるところ、被控訴人は、最初約旨のとおり、工場一棟建坪五七・九六平方米(約一七・四七坪)及び事務所一棟建坪一六・五六平方米(約五坪)を、いずれも杉皮葺堀立式バラツク建で建築したが、その後昭和二十五年二月頃控訴人の承諾を受けることなく、右バラツク建築の際、被控訴人に交付した控訴人の承諾書の写を添付して、恰も控訴人の承諾があつたものの如く装い、所轄官署の増築許可を得て、従前の事務所を取毀した上、旧バラツク建工場に接続して、増築面積九七・三九平方米(約二九・六四坪)の木造瓦葺基礎コンクリート平家建製材所附属作業場、製品置場を増築した。控訴人は、当時家庭窮迫のための一時の過ちから罪を犯し、服役中の身であつたので、家族親戚の者が右無断増築中の事実を知り、直ちに控訴人にその旨報告すると共に、被控訴人に対して工事取止め方を申入れたが、被控訴人は、「一度借りた以上、何を建てようと勝手だ」と称して、相手にせず、遂に工事を完成してしまつた。控訴人は、釈放後、被控訴人に対し、屡々その非を責めたが、被控訴人は、非を認めないばかりか、「借りた以上、三十年間は絶対に出ない」と称して、控訴人の折衝に耳を傾けようとはしなかつたのである。控訴人は、本件賃貸借が一時使用の賃貸借であることを主張しているのであるが、仮にそうでないとしても、以上のように、被控訴人が材木の濡れない程度の、何時でも取毀しのできるバラツク建とする旨の約旨に違反して、相当堅固な本建築をなした場合(殊に従前のバラツク建事務所は取毀している)は、借地権の存続期間に著しい差異を来すこと勿論であつて、被控訴人は到底契約違反の責を免れることはできない。よつて控訴人は、本訴において予備的に、右契約違反を理由として、本件賃貸借を解除し、右解除に基く賃貸借の終了を請求原因として、追加主張する、と述べ、被控訴代理人において、控訴人の右主張事実中被控訴人主張に反する部分は、これを否認する、と述べた外、いずれも原判決事実摘示のとおりであるから、ここにこれを引用する。

証拠として、控訴代理人は、甲第一、二号証、第三号証の一乃至四、第四号証の一乃至六、第五乃至第九号証を提出し、原審証人渡辺茂三郎、山崎汎愛、当審証人佐藤正成、白水志郎、白水ヨウ、白水フジ、白水和典の各証言及び原審並びに当審における控訴人各本人尋問の結果並びに当審検証の結果を援用し、乙第十二、十三、十七号証は不知その余の乙号各証の成立は認める、と述べ、被控訴代理人は、乙第一号証の一乃至五、第二乃至第十五号証、第十六号証の一、二、第十七乃至第二十二号証を提出し、原審証人金子花子の証言及び原審並びに当審における被控訴人各本人尋問の結果(当審第一、二回)並びに原審検証の結果を援用し、甲第九号証は不知、その余の甲号各証の成立は認める、と述べた。

理由

控訴人が昭和二十一年六月十五日その所有にかかる本件土地を賃料一ケ月金三百五十円、毎月末払の約束で、被控訴人に賃貸したこと、及び被控訴人が本件土地を賃借したのは、本件地上に製材工場を建て、製材業を営むためであつたことは、当事者間に争がない。

控訴人は、本件賃貸借は、昭和二十一年六月から昭和二十六年五月末までの五ケ年を賃貸期間とする一時使用のための賃貸借であり、従つて右昭和二十六年五月末日の経過により終了した、と主張するのに対し、被控訴人はこれを争うので、まず、この点について判断する。

それぞれ成立に争のない甲第一号証(借地契約書)、第二号証の各記載に、原審証人渡辺茂三郎、当審証人白水ヨウ、白水志郎、白水フジの各証言、原審並びに当審における控訴人本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を綜合すれば、本件土地は、控訴人の先祖代代の土地で、その地上には、もと控訴人所有の家が四軒建てられており、控訴人は、内一軒で荒物商を営み、三軒を貸家としていたが、昭和十七年頃控訴人は営業を止めて現住所に移転し、右一軒も他に賃貸しているうち、戦災のため四軒共焼失し、その後本件土地は空地となつていたところ、昭和二十一年に至り、訴外渡辺茂三郎を介して被控訴人より、同所で製材業を営むため、本件土地を借受けたい、と懇請され、控訴人はこれを承諾して、本件土地を賃貸することになつたものであること、当時控訴人としては、その三男で獣医の資格を有し、控訴人居村において代診を勤めていた訴外白水志郎が、他日独立開業のため、本件地上に病院の建設を計画していた関係上、本件土地を長期にわたつて賃貸することのできない事情にあつたが、右計画はさし当り具体化する運びにまで達していなかつたため、それまでの期間本件土地を空地のまま放置しておくわけにもいかないと考え、被控訴人への賃貸に際し、その期間を当初三ケ年と申出でていたが、被控訴人の希望により、結局昭和二十一年六月から昭和二十六年五月末までの五ケ年ということに了解ができたこと、そして控訴人は、右のような事情で、本件土地につき長期の賃貸借をなす意思がなかつた関係上、本件契約の特約事項として、被控訴人が本件地上に建設しようとする建物は、明渡に支障のないよう、製材機械乃至材木が雨に濡れない程度の、しかも何時でも取り毀し得るバラツク建とすること及び本件土地につき、控訴人において、是非必要を生じたときは、相当期間前に、被控訴人に通知して、本件土地の明渡を求め得べく、被控訴人はこれに応ずべき旨を約したこと、被控訴人は本件賃貸借成立後右特約の趣旨に従い、当初本件地上に杉皮葺の簡単なバラツク式建物を建築して、製材業を始めたが、その後、控訴人は前記三男志郎の開業のため、本件土地の必要が生じたので、約定の賃貸期間満了前の昭和二十五年四月二十日附書面を以て、被控訴人に対し、建物の収去並びに土地明渡方を通告したが、被控訴人は現在に至るまで、控訴人の右要求に応じないものであること、なお、本件土地の賃料は、控訴人において、前記のとおり、早期の明渡を期待し得る事情にあつたので、その後の経済事情の変動に拘らず、当初の一ケ月金三百五十円のまま据えおかれていたことが認められる。ところで借地法第九条に、「一時使用ノタメ借地権ヲ設定シタルコト明ナル場合」というのは、賃貸借の目的、動機、建物の設備、構造その他の事情から、賃貸借を短期間内に限つて存続させる合意があつたと認むべき相当の理由がある場合を指すのであつて、本件において、右に現われた諸事実を勘案すれば、本件土地は、一時使用のため、五ケ年の短期間を以て賃貸されたものと判定するのが相当である。尤も甲第一号証の借地契約書中には、本件借地期間につき、昭和二十一年六月から昭和二十六年五月末日まで、次回からは続行五ケ年契約、と記載した文言があるが、前掲証人渡辺茂三郎の証言、原審並びに当審における控訴人、被控訴人(一部)各本人尋問の結果によれば、右契約書は、被控訴人側で作成して、控訴人方に持参したもので、控訴人としては、前記のとおり本件土地を五ケ年以上も引続き賃貸する意思はなかつたので、右続行五ケ年契約という文言の削除方を求めたところ、被控訴人において、右は、五ケ年の期間が到来すれば、改めて控訴人と話合の上、更に貸すかどうかを定める趣旨のものに過ぎない、と釈明したので、右記載はそのままになつたものであることが窺われるのであり、又成立に争のない甲第六号証の記載及び原審並びに当審における検証の結果に徴すれば、本件地上の建物の現状は当初のバラツク建と異なり、相当堅固な本建築となつていることが認められるけれども、右検証の結果に、それぞれ成立に争のない甲第三号証の一乃至四、第四号証の一乃至六、乙第一号証の四の各記載及び前掲証人白水ヨウ、白水フジの各証言、控訴人本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を綜合すれば、被控訴人が当初本件地上に建設したのは、前記のように杉皮葺の簡単なバラツク式建物であつたが、その後本件土地一帯について、特別都市計画法に基く土地区画整理が施行されることとなつたので、被控訴人は右整理に伴う右建物の移転改築を機とし、控訴人に無断で昭和二十五年始め頃より、右建物に増改築を施した結果、同年二、三月頃には現在の建物を完成するに至つたものであること、当時控訴人は罪を犯して昭和二十四年十月頃以降福岡市藤崎刑務所に在監中であり、家族を通じて右増改築の事実を知つたが、収容中の身でもあるため、右無断増改築を十分に阻止することもできないまま打ち過ぎ、昭和二十六年四月釈放後被控訴人に交渉して、その非を責めたが被控訴人は耳を藉さなかつたものであることが認められるのであつて、従つて甲第一号証中に前記の文言があり、且つ、本件建物の現状が前記のとおりになつている事実は、本件賃貸借が一時使用のためになされたものであることの前記認定を妨げるものではない。原審証人金子花子の証言、原審並びに当審における被控訴人本人尋問の結果(当審第一回)中以上の認定に添わない部分は、たやすく信用し難く、他に右認定を動かすに足る証拠はない。

そうだとすれば、本件賃貸借には、借地法第二条乃至第八条の規定の適用はないものというべく、従つて本件賃貸借は昭和二十六年五月末日の経過と共に終了したこと明らかで、爾後被控訴人は控訴人に対し、本件土地を同地上の建物を収去して明渡す義務があり、且つ昭和二十六年六月より右明渡済に至るまで、一ケ月金三百五十円の割合による約定賃料相当額の損害金を支払わねばならない。尤もそれぞれ成立に争のない乙第五乃至第十号証第二十二号証の各記載によれば、被控訴人か昭和二十六年六月以降昭和二十八年四月まで及び昭和二十八年十月以降昭和三十年三月までの相当賃料として、毎月金三百五十円の割合による金員を控訴人に対する弁済のため供託していることが認められるので、結局被控訴人が控訴人に支払うべき損害金は、昭和二十八年五月以降同年九月までの五ケ月分合計金千七百五十円及び昭和三十年四月一日以降前記明渡済に至るまで毎月金三百五十円の割合による金員となるわけである。

よつて控訴人の本訴請求は、その余の争点について判断するまでもなく、右説明の限度において、正当としてこれを認容し、その他は失当として棄却すべきであるから、右請求を全部排斥した原判決を取り消すべきものとし、民事訴訟法第三百八十六条、第九十六条、第八十九条、第九十二条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長判事 野田三夫 判事 川井立夫 判事 天野清治)

(別紙目録は省略する。)

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